1日約8,000歩、歩くだけで認知症、骨粗しょう症、高血圧症、動脈硬化、糖尿病などの発病リスクが抑えられる。
病気にならない歩き方、病気が治る歩き方とは、どんな歩き方でしょうか?
1日8,000歩、そのうち「速歩き」を約20分行っている人は、それ以下の人と比べ、「寝たきり」「うつ病」「認知症」「心疾患」「脳卒中」「がん」「動脈硬化」「骨粗しょう症」「高血圧症」「糖尿病」などの生活習慣に関わる病気の発病リスクを1/10に抑えられる……という研究結果が発表されているのをご存知ですか。
“中之条研究”と呼ばれる研究結果です。世界中の研究者から注目を集めているものです。
東京都健康長寿医療センター研究所の青柳幸利氏(運動科学研究室長)は、2000年から群馬・中之条町に住む65歳以上の住民5,000人を対象にした大規模追跡調査を行ない、15年以上の年月をかけて身体活動と病気予防の関係を収集・分析続けてきたのです。日常の運動頻度や時間、生活の自立度、睡眠時間、食生活などに関する膨大なアンケート調査を行い、この内2,000人に対しては、詳細な血液検査や遺伝子解析を行っています。さらに、そのうちの500人に対しては、身体活動計(歩数と速歩き時間を計測)を携帯してもらい、一日24時間、一年365日の身体活動状況をモニターしてきています。
その結果、導き出したのが「病気にならない歩き方の黄金律」です。「歩数」と「速歩きの時間(中強度の活動時間)」による普遍的な健康づくりのための指標を編み出したのです。
その指標とは、健康維持や病気予防に効果的な数値が「1日8,000歩。その中に20分の中強度の運動(速歩き)を取り入れる」というものでした。
中強度の運動「速歩き」とは
1分間あたりで、120歩のペースで歩いてみてください。その時、なんとか会話ができる程度の速さ、それが速歩きです。だいたい時速6kmくらいがよいとされています。
1日の歩数が増えれば増えるほど、さまざまな病気を防げる
上記の表は、1日の平均歩数から予防できる病気一覧です。
群馬県中之条町の住民5,000人の「歩き」と病気の関係を15年間追跡した研究の一部で、健康づくりにおいて、通常の歩きと速歩きをどれくらいすればよいのかが明確に示されています。この研究成果は、高齢者だけでなく成人している方であれば同じようにあてはまると考えられています。
現代人は、1日中座りっぱなしの生活をする人が増えています。長時間同じ姿勢でいるということは、脚にある大きな筋肉が動かないということ。すると身体にさまざまな影響を及ぼします。長く座り続けることで身体の代謝機能が低下し、血液の流れも滞ってしまう。
その結果、狭心症や脳梗塞、糖尿病のリスクはもちろん、がんの発症率も高まるという研究結果もあります。
では、私たちは日常生活の中でどれくらい歩いているのでしょうか。
厚生労働省は、令和元年分の「国民健康・栄養調査結果の概要」を発表しています。それによると成人の一日あたりの平均歩数は男性で6,793歩、女性で5,832歩であることが分かっています。男性の60代では6,759歩、70歳以上では5,016歩で、女性は60代では5,859歩、70歳以上では4,225歩となっています。
表を見て、1日の歩行がクリアできていたとしたら、早歩きの時間をこなすだけで、生活習慣病の予防ができるのです。
※国民健康・栄養調査は、令和2年度・令和3年度は新型コロナウイルス感染症の影響により調査を中止。さらに令和4年度の国民健康・栄養調査結果発表は手間取っているのか、令和6年5月時点でも結果報告はなされていません。そのため、令和元年度分が最新データとなります。
※国民健康・栄養調査では「1,000歩=10分」とされています。
1日4,000歩ーー歩くことが、うつ病を予防する。そのメカニズムは。
歩くだけでなぜ病気が防げるのでしょうか。
うつ病を例にとってみましょう。厚生労働省の統計によると、うつ病などの気分障害の患者数は110万人を超えていて、年代では働き盛りの40代が1/5(19.6%)を占めています。このうつ病には、1日4,000歩(うち早歩きが5分)で効果があると考えられています。
歩くことで脳内ホルモンの一種であるセロトニン(欠乏するとうつ病の原因になるもの)が増え、脳に変化をもたらします。
興味深いことに、走ることより歩くことのほうがセロトニンを増やす効果は大きいとわれています。ここでポイントとなるのが、セロトニンは日光をあびることで増える効果があるので、室内ではなく、1日1回は外に出て10分の歩きを習慣化することです。
1日5,000歩ーー動脈硬化性疾患、認知症をに予防できる。
1日の歩数が5,000歩(うち速歩きが7.5分)をクリアすると心筋梗塞・脳梗塞などの動脈硬化性疾患、認知症を予防できるそうです。
鍵となるのは、血管内皮細胞。動脈の最内層には血管内皮細胞という細胞が敷き詰められており、大切な働きをしています。たとえば、動脈を流れる血液が増えると血管内皮細胞がそれに反応して動脈を弛緩させます。悪玉コレステロールなどから動脈を守るのも血管内皮細胞の仕事なのです。
歩数を増やすと、血管内皮細胞が丈夫になり、動脈硬化が起こりにくくなります。これは、歩くことで生じる血流の変化が、血管内皮細胞の機能を支える一酸化窒素の産生を増やすから。
群馬県中之条町の調査では、1日の平均歩数が5,000歩以下の人に比べて、5,000歩以上の人は、「認知症」の発症率が7分の1でした。
1日7,000歩ーー骨粗しょう症の予防が期待できる。
「骨粗しょう症」の予防が期待できる歩数は「7,000歩」(うち速歩きが15分)。群馬県中之条町の調査では、1日の平均歩数が7,000歩以下の人に比べて、7,000歩以上の人は、「骨粗しょう症」の発症率が6分の1だったのです。
骨密度測定器で測った場合、骨密度は100%を基準として、100%より高ければ「骨は丈夫」、100%より低ければ「骨はもろい」と診断されます。1日7,000歩以上歩いていない人の骨密度は、全員100%より低かったのです。いっぽう、1日7,000歩以上歩いている人の骨密度は、全員100%より高かったそうです。
骨は歩いて刺激が加わることにより、どんどん丈夫になります。骨は毎日古くなった部分が壊れて、その壊れた部分に「カルシウム」がくっつくことで強い骨へと新しく変わっていく。この時「カルシウム」を骨にくっつける働きをしているのが「骨芽細胞」という物質です。この「骨芽細胞」は「歩く」ことで骨に適度な刺激が加わることで、はじめて十分な量が分泌されます。運動をしないと「骨芽細胞」が分泌されないため「カルシウム」がくっつきにくく、「骨粗しょう症」のリスクが高まるのです。歩くほど「骨芽細胞」は増えるので、1日に7,000歩以上歩いている人には「骨粗しょう症」の人はほとんどいなかったそうです。
1日8,000歩ーー糖尿病、高血圧症の予防に効果的!
1日の歩数が8,000歩(うち速歩きが20分)になると、前述の病気に加え糖尿病や高血圧症の予防が期待できます。
糖尿病では、歩くことで血糖値が安定化することは知られています。さらに、最近になって、その背景にあるミトコンドリアの働きに注目が集まっています。ミトコンドリアとは、人間の身体の細胞の一つひとつに入っている細胞内小器官です。筋肉のミトコンドリアの働きが落ちて、インスリン(血糖値を下げるホルモン)の働きが悪くなる糖尿病の患者もいますが、歩くことで筋肉のミトコンドリア機能が上がって、インスリンの働きがよくなり、血糖値が安定化するといった効果も期待できるのです。
いっぽうの高血圧症ですが、群馬県中之条町の調査では、1日の平均歩数が8,000歩以下の人に比べて、8,000歩以上の人は、高血圧症の発症率が6分の1だったそうです。
高血圧症とは、運動不足などが原因で血流が悪くなり、指先の毛細血管にまで血液が流れなくなることで、そこに血液を送ろうとして心臓に負担がかかっている状態のこと。しかし、1日8,000歩以上歩くことで全身の血流がよくなるので、血管の中でもとくに血液が送られにくい末梢の毛細血管にまで血液が流れ、心臓の負担が抑えられて高血圧症の予防に効果的なのです。
歩く健康法を実践する場合の注意ポイント
どのくらいの期間、継続すれば効果が出てくるのか?
例えば、「1日平均8,000歩、そのうち速歩きを約20分」をどれくらいの期間続ければ効果が出てくるのでしょうか。1つの目安は2カ月です。2カ月継続することで、「長寿遺伝子」にスイッチが入るからです。長寿遺伝子は、私たちの誰しもが持っていて、普段は眠った状態にあります。この遺伝子を目覚めさせれば、健康で、長生きできる可能性が高まると考えられているのです。
一度スイッチが入ったからといって効果が一生続くわけではありません。歩きを継続しないと、せっかく入ったスイッチの効果は2カ月で切れてしまいます。秋から冬にかけて気温が下がる時期に、病気の発症や、亡くなる人が多くなるのは、1日の活動量が減ることと関係があると考えられます。
歩けない日があっても大丈夫。1週間単位で考えよう。
例えば、1日8,000歩をクリアしていく過程で、当然、雨の日があったり、体調が悪かったりして、「歩数が足りない日」「やれない日」も出てきます。そこでおすすめなのが、1週間単位で考えることです。1週間ごとに「1日平均8,000歩、そのうち速歩きを約20分」がクリアできてればいいのです。歩かない日を補うために、2万歩歩く日があってもいい。1週間で1日平均8,000歩を目標にすれば、身体への負担も少なく、継続しやすい。まずは歩き始めること。そして明日も続けること。継続できるペースを見つけることが大切です。
歩き方で気をつけるのは「歩幅」!
歩き方で大切なのは「歩幅を大きく」を意識すること。歩幅を大きくすると、自然とピッチも速くなるのです。年取ってくると自然と歩幅が小さくなるため、無理をせず歩幅だけを意識する、これが歩き方のコツとなります。
歩くなら朝よりも夕方! その理由は。
病気になるかならないかは、体温の乱れとも大きな関係があります。1日の体温の推移は、人間の生態リズムのバロメーターといえるものです。人間の体温は、朝低く、夕方は高いという、24時間のバイオリズムがあります。
若くて健康な人の体温は、朝低い体温が日中にかけて上がっていき、夕方の4~6時に一番高くなります。そこから就寝に向けて体温は徐々に低下し、睡眠に入るとさらに体温は下がり、また朝の目覚めで体温が上がっていくのです。このように体温が的確なリズムを刻んでいると、病気にかかりづらくなります。
私たちは、寝るときに体温が下がることで眠りにつくことができます。つまり寝る直前の体温が高い状態でないと、眠るときに体温が下がらないため、不眠に悩まされるのです。若くて健康な人ほど、「1日の体温較差」があることがわかっています。歳を重ねるほど1日の体温の変化が小さくなるのです。
「1日の平均体温を上げ」「1日の体温にメリハリをつける」ためには、ある時間帯に「速歩き」をすること。それは、夕方です。人間の体温が一番上がる夕方の時間帯に、速歩きをすれば、血液のめぐりがよくなって、ピークの体温がさらに高くなり、1日の体温の高低差がつくれるのです。
人間は体温が下がると免疫力が低下し、病気にかかりやすくなります。平均体温が1度上がると免疫力は約60%アップし、逆に1度下がると免疫力は30~40%低下します。健康長寿するためにも、夕方に速歩きすることの大切さがわかります。
内閣府が発表している「令和5年版・高齢社会白書」を見ると、日本の平均寿命は、令和3年・2021年では、男性81.47歳、女性87.57歳です。
今後とも、男女の平均寿命は延びて、令和52年(2070年)には、男性85.89歳、女性91.94歳となり、女性は90歳を超えると見込まれています。
私たちは、定年でリタイアしたあとでも、快適に暮らすには健康を20年は維持しなくてはならないのです。そのためにも、気軽にはじめることができる歩く健康法を実践してみませんか。
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東京都健康長寿医療センター研究所
青柳幸利 著
発行 SBクリエイティブ株式会社